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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)482号 判決 1963年1月31日

控訴人(原告) 野田せい

被控訴人(被告) 兵庫県知事 外一名

主文

一、原判決中控訴人と被控訴人兵庫県知事関係部分はこれを取消す。

被控訴人兵庫県知事が昭和二三年三月二日付買収令書を以て原判決添付目録記載の土地につきなした買収処分並びに同日付売渡通知書を以てなした被控訴人高木秀三に対する右土地の売渡処分が、いずれも無効であることを確認する。

二、(1) 原判決中控訴人の被控訴人高木秀三に対する請求中前記土地についての所有権取得登記の抹消登記手続請求及び前記売渡処分の無効確認請求を各棄却した部分を取消す。

(2) 控訴人の右被控訴人に対する前記売渡処分の無効確認の訴はこれを却下する。

(3) 右被控訴人は控訴人に対し前記土地につき神戸地方法務局西宮出張所昭和二五年四月一八日受付第三一一〇号を以てなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(4) 控訴人の右被控訴人に対するその余の控訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人の支出した分はこれを二分しその一を控訴人と被控訴人兵庫県知事との間で同被控訴人の、残りの二分の一を控訴人と被控訴人高木との間で同被控訴人の各負担とし、被控訴人高木の支出した分の二分の一を同被控訴人と控訴人との間で控訴人の負担とし、残余は支出した者の各自の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一項、第二項の(1)、(3)と同旨並びに「原判決中控訴人の被控訴人高木に対する原判決添付目録記載の土地上に生育する農作物収去・右土地明渡請求を棄却した部分を取消す。右被控訴人との間につき主文第一項掲記の売渡処分の無効であることを確認する。右被控訴人は控訴人に対し右土地上に生育する農作物を収去して右土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等の各代理人はいずれも「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において「被控訴人高木秀三は、従前、控訴人より本件土地を賃借耕作していたものであるが、右土地が買収され右被控訴人に売渡された後右賃貸借について暗黙の合意解除がなされ、右被控訴人は所有権者として右土地を耕作してきたものである。併し本件買収、売渡処分は無効で右被控訴人は本件土地の所有権を取得するに由なく、従つて右被控訴人は現在何等正当な権原なく本件土地を不法に占拠耕作しているものである。」と述べ、被控訴人高木秀三の訴訟代理人は「被控訴人高木が本件買収処分当時控訴人から本件土地を賃借していたこと及び現に本件土地を占有耕作していることは認める。」と述べた外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

当事者間に争のない事実及び本件買収処分は真の所有者を相手方としない違法のものであるとの判断については、当裁判所に於ても、原判決理由冒頭より同判決六枚目表七行目までの記載と同一であるから、こゝにこれを引用する。

そこで、実体上も登記簿上も控訴人の所有にかゝる本件土地につき、これを訴外野田博の所有であるとして同人にあてて買収令書が送付された本件違法な買収処分の効力について判断を進めるに、本件の如く、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条による農地買収処分において当該農地の所有者が何人であるかということは、当該農地が買収すべき農地にあたるかどうかの要件を定めるにつき根幹となる最も重大な要件であることは右法条に明かなところであり、かつ又、実体上のみならず登記簿上も控訴人の所有にかゝる本件土地を訴外野田博の所有と誤認したというのであるから、本件買収処分には重大かつ明白な瑕疵があり、従つて本件買収処分は無効というべきである。

被控訴人兵庫県知事は、本件土地の所有名義人がたとえ控訴人であつても、控訴人は本件買収令書が昭和二三年一〇月九日同居の娘婿である訴外野田博にあてて送付されたことによつて、その頃本件買収処分を了知していたから、かゝる場合には本件買収処分を無効とみるべきではないと主張し、而して控訴人が右被控訴人主張のとおりの事情によつて本件買収処分当時右処分を了知しもしくは了知し得べき状態にあつたと認定すべきことは原判決理由説示(同判決六枚目表八行目から六枚目裏十行目まで)のとおりである。

しかし、右主張は左記理由によつて採用し難い。

およそ、一般に行政処分が無効であるというためには、行政処分に瑕疵が内在し、しかも右瑕疵が客観的に重大にして明白であることを要し、しかも、それを以て足り、当該行政処分の当事者が右の瑕疵を知り又は知り得べき状態にあつたというが如き主観的事情は、行政処分の効力そのものに何等影響を及ぼすものではないと解するを相当とする。もつとも、買収処分が単に登記簿上の記載によつたため買収当時における真実の所有者を誤つて行われた事案につき、このような場合に、その処分は違法ではあるが、それだけで常に直ちに当然無効と解すべきでなく、他面真実の所有者が自己の所有農地について誤つて買収処分が行われたことを知り、もしくは、知り得べき状態にあつたことが認められるにかゝわらず、その取消を求めるため法律上許された不服申立の方法をとらず期間を徒過したような場合、その後において訴によりその違法を主張することは許されず、従つて当該行政処分はその瑕疵にかゝわらず無効となるものではないとする判決(最高裁判所判決集第九巻五号五六九頁参照)があり、而して右判旨によると、右事案の場合、もし真の所有者が自分の所有に属する農地について買収計画が立てられ又はこれに基いて買収処分が行われた事実を知らず若しくは知り得べき状態になかつたとすれば、右買収処分は当然無効であるというにあるものと解され、従つて、右事案に関する限り、所有者誤認による農地買収処分を当然無効とすべきか取消原因とすべきかは真の所有者の右瑕疵の知、不知にかゝらしめているものと云える訳である。右判決の事案は実体上の所有者でない者を所有者と誤認して買収手続が進められた点においては本件事案と異るものではないが、本件の如く、実体上も登記名義上も何等正当な所有者となつたことがない者を所有者と誤認した場合と異り、実体上も登記簿上も正当な土地の所有者から右土地を買受けた者が、その所有権移転登記をうけない内に登記上所有名義人となつている前所有者を所有者として買収手続がなされた場合であつて、農地の真の所有者がその取得登記手続を怠り第三者に対する公示をしなかつたことによつて、自ら右買収手続を誤まらしめた原因の一をつくつている場合なのである。従つて、右の如き場合における真の所有者が右買収処分当時右瑕疵を知り若しくは知り得べき状態にあつたときは、法定の期間内に法定の争訟手続をとらない限りその後に右瑕疵を事由として訴を提起することは許されないとすることが公平の観念上妥当であるとするのが右判決の趣旨であると解すべく、それ故に右事案に則した特殊な理論を、たやすく具体的事情を異にする本件の如き他の事案に拡大して適用するのは相当でない。

以上、本件買収処分は無効というべく、従つて、その有効なことを前提として被控訴人高木に対しなされた本件売渡処分も亦無効というべきである。

ところで、本件買収処分当時、被控訴人高木が本件土地につき賃借権を有していたことは当事者間に争がない。而して自創法第一二条によると適法有効な買収処分がなされたときは、右買収処分当時存在した被買収農地の賃借権は消滅し、新たに政府との間に同一の条件を以て賃借権が設定されたものとみなされ、同法第二二条によると、その後その売渡処分がなされたとき、その売渡の相手方が右賃借権者でないときは右賃借権は売渡の時に消滅(本件の如く売渡の相手方が賃借権者であるときは混同により賃借権は消滅)する訳であるが、本件に於ては買収、売渡処分は無効で従つて叙上の如き各効果は生じなかつたのであるから、被控訴人高木は現に本件土地につき賃借権を有するものというべきである。

控訴人は本件買収、売渡処分後賃貸借については暗黙の合意解除がなされたと主張するが、かゝる事実を認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

そうすると、被控訴人高木の本件土地の占有耕作は右賃借権にもとづくもので正当というべきである。

以上、本件買収並びに売渡処分は無効で、被控訴人高木は控訴人に対して主文第二項(3)掲記の抹消登記義務があるから、控訴人の本訴請求中被控訴人兵庫県知事との間の右各処分の無効確認請求と被控訴人高木に対する右抹消登記手続請求部分は正当としてこれを認容すべく、又行政処分無効確認訴訟の被告適格は当該行政処分をなした行政庁もしくは国のみがこれを有すると解するのが相当で、被控訴人高木は本件売渡処分の無効確認請求部分については被告適格を欠くものと言うべく、従つて控訴人の本訴請求中右被控訴人との間における右無効確認請求部分は不適法としてこれを却下すべきで、原判決中以上と異る部分は不当であるから民事訴訟法第三八六条に則りこれを取消すべく、又被控訴人高木は賃借権にもとづき正当に本件土地を占有耕作しているから、控訴人の本訴請求中不法占拠を理由として右被控訴人に対して本件土地の明渡を求める部分は失当としてこれを棄却すべきで、この点についての原判決はその理由によれば不当であるが右請求を棄却したことにおいて結局正当であるから、同法第三八四条第二項に則り、この部分についての控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条第九三条第九二条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 宅間達彦 井上三郎)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告兵庫県知事は、同知事岸田幸雄が昭和二三年三月二日付買収令書を以て別紙目録記載の土地についてなした買収処分及び同日付売渡通知書を以てなした右土地に対する売渡処分がいずれも無効であることを確認せよ。被告高木秀三は原告に対し右土地につきなされた右売渡処分の無効であることを確認し、かつ右土地につき神戸地方法務局西宮出張所昭和二五年四月一八日受付第三一一〇号を以てなされた同被告のための所有権取得登記の抹消登記手続をなし、右土地上に生立する農作物を収去して右土地を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、兵庫県知事岸田幸雄は、別紙目録記載の土地(以下単に「本件土地」という。)に対し、昭和二三年三月二日付「兵庫へ西宮第三三号」買収令書を、同年一〇月九日訴外野田博宛送付し、以て旧自作農創設特別措置法(以下単に「自創法」という。)の規定に基ずく買収処分をなし、更に右同日付同知事の売渡通知書を被告高木秀三に交付して右土地に対し同法に基ずく売渡処分を行い、かつ、右土地につき神戸地方法務局昭和二五年四月一八日受付第三一一〇号を以て同被告のため所有権移転登記がなされた。

二、しかしながら、本件土地は、原告が大正一三年三月二七日これを買受け、その所有権を取得したもので、右買収令書の名宛人である訴外野田博は右土地につき何らの権利も有しないものである。

もつとも、右訴外人は昭和四年一〇月一日原告の長女と結婚して入夫婚姻の届出をなし、同日野田家の戸主となつたものであるが、本件買収令書の交付を受けた当時、右訴外人は芦屋市船戸町六七番地において妻子と生活し、一方原告は従前の住所である西宮市浜脇町六番地に訴外山本栄と居住し、その生計は各々別箇独立であつた。ゆえに所有者たる原告に対する買収令書の交付なくしてなされた前記買収処分は重大かつ明白な瑕疵を有し、当然無効のものと言わねばならない。

三、次に、被告高木は現在本件土地を耕作中であるが、同被告に対する本件売渡処分は、前記買収処分を前提とするものであるから、前記瑕疵を承継するものと言うべく、これまた当然無効である。すると被告高木は本件土地の所有権を取得するいわれはなく、同被告のための前記所有権取得登記は実体に符合しない無効の登記であるといわねばならない。

四、よつて原告は、被告兵庫県知事に対しては本件土地の買収処分及び売渡処分の各無効確認を求め、被告高木に対しては右売渡処分の無効確認とこれに基ずく本件土地の所有権移転登記の抹消登記手続並びに右土地の返還を求めるため、本訴請求に及んだ。

被告兵庫県知事指定代理人は、「主文と同趣旨。」の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実中、第一項の事実はこれを認める。

二、同第二項の事実中、訴外野田博が昭和四年一〇月頃原告の長女と入夫婚姻し、原告家の戸主となつたことはこれを認めるが、その余の主張事実は争う。右訴外人は昭和二〇年八月頃から同二三年五月中旬頃まで一時芦屋市船戸町に居住していたが、本件買収令書の交付を受けた昭和二三年一〇月九日当時には西宮市南郷町六三番地に原告と同居し、生計を一にしていたものであるから、原告において本件土地に対する買収の内容を了知したことは明らかである。従つて本件土地の所有名義人が原告であつても、世帯主である右訴外人に宛ててなされた本件買収令書が無効であるべきいわれはなく、しかも本件買収令書の摘要欄には「登記名義人は原告である。」旨明記してあるから、本件買収処分にはいささかの瑕疵もない。

三、請求原因第三項の事実中、被告高木が現在本件土地を耕作していることはこれを認めるが、その余の主張事実は争う。被告高木は永年賃借権に基ずいて本件土地を耕作してきたもので、前記の如く本件買収処分が有効である以上、同被告に対する本件売渡処分にもこれまた何らの瑕疵も存しない。

四、以上の如く、本件土地に対する買収並びに売渡処分には何ら違法の点はなく従つて有効であるから、原告の本訴請求は失当である。

被告高木訴訟代理人は、「主文と同趣旨。」の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

被告高木が原告主張の如き買収処分及び売渡処分によつて本件土地の所有権を取得し、かつその主張の如き登記を経て現に右土地を耕作中である事実はこれを認めるが、その余の原告主張事実は全部争う。

(証拠省略)

理由

一、本件土地につき、被告兵庫県知事岸田幸雄が昭和二三年三月二日付兵庫へ西宮第三三号買収令書を発行し、同年一〇月九日訴外野田博に右買収令書を交付して自創法に基ずく買収処分をなしたこと、更に同知事において右同日付の売渡通知書を被告高木に交付して同法に基ずく売渡処分をなしたこと及び右土地につき神戸地方法務局昭和二五年四月一八日受付第三一一〇号を以て被告高木のための所有権移転登記がなされ、現在同被告において右土地を耕作中であること、はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、本件買収処分に原告主張の如き瑕疵があるかどうかについて判断する。

成立に争いがない甲第一号証によれば、本件買収令書にはその名宛人欄に「野田博」の氏名が記載しているだけであつて原告の氏名は記載されておらず、かつ、同令書には「買収土地物件の表示及び所有者、別添のとおり」とあつて、その添付にかかる「第二号農地、宅地、採草地」と題する目録(三枚)には、いずれも所有者住所氏名欄に「西宮市浜脇町六野田博」と記載の上、買収物件である合計二二筆の土地につきその各筆毎にそれぞれ所在地番、地目、面積、賃貸価格、対価等が記載されている。してみると、本件買収令書が訴外野田博を本件土地の真の所有者として被買収者に指定し、かつ、同人に宛ててなされたものであることは明らかであるといわねばならない。もつとも、前記目録によると、右二二筆の土地のうち、本件土地を指す「下大市柳ノ木五九一田八畝一八歩」の土地については、特にその摘要欄に「野田せい」と原告の氏名が明記されているが、該記載は、前記所有者住所氏名欄の記載と対比して考えるとき、単に知事において右土地が登記簿上原告名義である旨指示したものと認めるのが相当であるから、右記載があるからといつて直ちに本件買収令書が原告を本件土地の所有者とし、原告をもその宛名人に指定したものとは言い難い。しかして、原告が大正一三年三月二七日本件土地の所有権を取得し、じ来今日までその所有権者であることは、成立に争いがない甲第二号証並びに証人野田博の証言により明らかなところであるから、訴外野田博を土地所有者としてなした本件買収処分には土地所有者を誤り、真の所有者を相手方としなかつた違法があると言わざるをえない。

しかしながら、本件買収令書の名宛人にしてかつこれが交付を受けた訴外野田博は原告の長女の婿(入夫婚姻)として昭和四年一〇月一日以降原告家の戸主であつたものであり(この点当事者間に争いがない。)更に、成立に争いがない乙第一号証の一ないし三によれば、原告は、本件買収令書が右訴外人に交付された昭和二三年一〇月九日当時、右訴外人の住居地である西宮市南郷町六二番地に同訴外人と同居し、その世帯を一にしていたものであることが推認され、かつ仮りに原告主張の如く、当時原告が西宮市浜脇町に、右訴外人が芦屋市船戸町に居住していて、同居していなかつたとしても、当時原告が使者を通じて右訴外人と往来し、或いは直接右訴外人方に出入りしていた事実は、証人野田博の証言によりこれを肯認できるところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠は存在しないから、反証のない限り、原告において本件土地が買収の対象とされている本件買収処分を了知し、もしくは了知し得る状態にあつたものと言うことができる。してみると、かかる事情の下になされた前記買収処分の違法は、本件買収処分を無効ならしめるほど重大かつ明白な瑕疵ではなく、単にこれが取消の事由となるに過ぎないものと解するを相当とする。

すると、本件買収処分の当然無効を主張する原告の主張は理由がない。

三、右認定の如く、本件買収処分が当然無効でない以上、これを前提としてなされた被告高木に対する本件売渡処分及びこれに基ずく同被告の本件土地に対する所有権取得が無効でないことは明らかである。するとこの点に関する原告の主張も理由がないから排斥を免れない。

四、以上の結果、原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(昭和三七年二月一四日神戸地方裁判所第二民事部判決)

(別紙目録省略)

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